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泣ける話vol.1『母の夢』

「なおくんは、いつ免許取るの?」
大学生になると母さんがよく聞いてきた。
どうしてそんなこと何回も聞くんだろ?と思いながら
「気が向いたらそのうち取るよ」
といつも答えていた。

そんなある日の夕食後、話があると母さんに呼び止められた。
深刻そうな思いつめた顔で話し始める
「なおくんが車買う時のために貯金してたお金があるんだけど  ヒナちゃんの私立中学の費用にして良い?」
10歳の妹ヒナは私立中学に入りたいと言っていた。
「え?車?まだ免許も取ってないのに?全然良いけど?」
思いつめた顔で言われたので何を言われるのかと思ったら・・・。
拍子抜けしながら返事をした。

ごくごく普通の平凡ながらもそれなりに幸せだった、優しい母と俺と妹の3人暮らし。
車の貯金の話をした1週間後の朝。
母さんとヒナの分のバタートーストを用意し
俺がいれたコーヒーを飲みながら、眠そうにするヒナが
「おにい、お母さんがまだ起きてこないんだけど」
「疲れてるんだろ、毎日母さん大変だから、もう少し寝かしてあげれば?」
そう言いながら俺はいつものように大学へ向かった。

駅に着き電車に乗りこんだ瞬間、着信が入る、ヒナからだった。
電車の中なので無視していた。
切れては着信が入る。
何回も何回も切れては入る。
「なんだ?」
途中の駅で降りて電話をした
「お母さんが、お母さんが」 泣きながら何を言ってるのかよくわからなかった。
「ヒナ、落ちついてゆっくり話して」
「お母さんが冷たいの、動かないの、すぐ戻ってきて」
え?・・・
大慌てで電車を乗り換え引き返す。

家に戻ると、すでに警察が来ていた。
泣きじゃくるヒナを、近所の親しいおばさんが慰めてくれていた。
前の晩
「ちょっと頭がズキズキするから早めに寝るね」
それが、母さんの最後の言葉になった・・・。

それからが大変だった。
なんとか様々な手続きを終え、葬儀の日を迎えた。
母さんの棺桶が葬儀場から出る瞬間、それまでずっと耐えていたヒナが走り出した。
母さんが入っている棺桶にすがりつき
「お母さん!お母さん!お母さあああん!お母さん!お母さああああああん!」
ヒナの姿を見て葬儀に来てくれた人たちの、すすり泣きが・・・。

数日後。
遺品整理をしていたら日記帳が出てきた。
ヒナにも母さんの日記を教えてあげたが
「いらない、今は読みたくない」
自分の部屋に行ってしまった。
仕方ない、1人で読んでみるか。
この日記を読んで泣く流れか?よくドラマとかであるやつじゃないか。
葬儀の日ですら泣かなかった冷めた人間だぞ俺は。
うるっとぐらいはするかもしれんが、と思いながら母さんの日記をめくった。

中の日付はほとんど飛んでおり気が向いた時だけ書かれていた。
めんどくさがり屋の母さんらしいやと笑いながら読み進めた。
俺が生まれた日のことですら簡単に一言。
子供が生まれたばかりで日記どころではなかったのだろう。

そんな中、やや長文の日があった。
ヒナが産まれる前、父さんと母さんと5歳の俺の3人で、田舎の鹿児島に車で行った日のことだった。
「久しぶりに長距離ドライブ、やっぱり楽しい 。
ベンツだから道を譲ってくれるし(笑)
なおくんも珍しそうにずっと外の景色を見てて可愛かった。
またパパのベンツで行きたいな。」

もう1つ長文の日記があった。
父が亡くなってちょうど1年後、俺が11歳でヒナが1歳になった時の日付だった。
「今日、なおくんが大きくなったらベンツに乗せてくれると言ってくれた。
そしてパパがしてくれてたように鹿児島まで連れて行ってくれるって。
嬉しかった、とても嬉しかった。
パパ、なおくんは優しい子に育ってるよ、私頑張ってるよね」

そうか・・・。
だから何回も何回も、免許いつ取るの?とあんなに聞いてたのか。
だから俺の車を買うための貯金を、してくれてたのか。
11歳の俺は母さんとそんな約束してたのか。
全然覚えて無かったな・・・。

そこからはたいした事が書いていなかった。
母さんが亡くなる1週間前が最後の日付。
俺の車を買う予定だった貯金を、ヒナの中学受験の費用にして良い?と聞かれた日だった。
「残念だけど夢はもう少し先になりそう、でもなおくんはしっかり者だから。
就職したら自分で車を買って、私を鹿児島まで連れて行ってくれるかな。
楽しみはもう少し先にとっておこうっと、本当に楽しみ」

そんなに、楽しみにしてたのか・・・。
もっとはっきり言ってくれれば良かったのに。
就職したら車買っていくらでも連れて行ってあげたのに。
あと2年だけでも生きていてくれれば、叶えてあげたのに。
母さんの夢、叶えてあげたのに。
なんで・・・。

俺の車を買うための貯金をするほど、楽しみにしていた母さんの夢。
俺は親孝行出来なかった、もうどうやっても出来ない。
女手1つで必死に俺とヒナを、育ててくれた母さん。
就職したら父さんの分まで、めい一杯親孝行してあげるつもりだったのに。
なんで・・・。

「なおくんは、いつ免許取るの?」

何回も何回も聞いた母さんの言葉がふと蘇った。
もう2度とこの先一生、聞くことのできない母さんの声。
その瞬間、涙があふれ出てきた。
泣くはずは無いと思っていたのに、止まらなくなった。
今まで溜まってたものが一気に噴き出すように。
ヒナに気づかれないよう、嗚咽を押し殺しながら。
俺は、号泣した・・・。

母さんが亡くなってから半年が過ぎた。
ひたすら毎日、猛勉強するヒナ。
心配になり
「寝不足になってないか?たまには休めば?」と伝えるも
「中学校に合格するのが、お母さんとの約束だから・・・頑張るの」
そう言われてしまうと、何も言い返せない。
「体だけは大切にな」と言うしかできなかった。
小さな声で
「ありがとう」
と言ってくれたのがせめてもの救いか。

あれから2年・・・。
色々な事があった。
無事、ヒナは私立中学に合格。
合格を知って大喜びするヒナと、猛烈に頑張っていたのを知る俺は泣いた。

入学式の日、保護者として参加。
ヒナは特進クラスに入ることになり、その担任の先生からトップ合格だと聞いた。
自慢の妹だ。
そして俺は、希望通りの超ホワイト企業に無事就職。
内定をもらった翌日、ヒナから就職祝いのネクタイをプレゼントされた。
母さんの葬式の日ワンワン泣いていた妹が、立派になったなぁ。
ひっそりと涙する。
おかしい、俺はこんなすぐに泣くような人間ではないはずだったのに・・・。

中学生になり少しずつヒナの顔に笑顔が戻ってきた。
そして俺は、4か月給料を貯めて中古のベンツを購入した。
初めてのドライブを兼ねてスーパーに買い物へ、助手席にヒナを乗せ。

「やっぱり車あると便利よね~」
嬉しそうなヒナを見て俺は満足気だった。
「運転上手いだろ」
「え?普通じゃない?」
「初心者にしては上出来だろ」
「おにいより私の方が運転上手いと思う」
「なんだよ、それ」
「だっておにい運動音痴じゃん」
と笑うヒナ。
たしかにヒナは俺より運動もできて頭も良く文武両道だけど・・・。
そんな会話をしながら、ある計画を話した。

「来月のお盆にさ」
「うん?」
「父さんと母さんの墓参りに、この車で行こうと思うんだけど」
「車で鹿児島?超大変だよ?私も一緒に?」
「そのつもりだけど、ヒナ夏休みだよな?」
「うん、そうだけど鹿児島までか~、ん~大変そう」
「大変って運転するのは俺なんだが・・・嫌なのか?」
「何でまた車で行こうと?」
「1度行ってみようと思ってさ」 と言いながら
それが、母さんの夢だったから・・・と心の中でつぶやいた。

「おにいと鹿児島までドライブか~、めんどくさいかも~」
「なんだよ、そんなに嫌だったら別に良いけどさ・・・」
「冗談よ冗談!うん行こっ!」
と少しはにかんだように、ニコッと笑いながら話すヒナ。
その横顔は、母さんの笑顔に
そっくりだった。

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